時代を乗り越えられる音楽
——改めて考えると、1960年代後半にリアルタイムでロックを聴いていたということは、本当に貴重な体験ですよね。
鈴木
ビートルズについていえば、ロックの基本形をつくった人達というイメージだよね。クラシックにおけるバッハとかモーツァルトみたいな。そこからさらにロックは色々な音楽を吸収していくわけです。ギタリストだとエリック・クラプトンやジェフ・ベックは、ルーツにブルースがあって、ジョン・リー・フッカーやB.B.キングの影響も感じられますよね。プロコル・ハルムであれば、ロックにクラシックを取り入れたり、ジャズと融合したり。60年代末から70年代頭に入ると、ビリー・プレストンやスティーヴィー・ワンダーのように、R&Bとロックが混ざったような音楽も出てくる。8ビートから16ビートになっていって、スライ&ファミリー・ストーンやグラハム・セントラル・ステーションも登場して。とにかくロックはなんでもブレンドできる音楽なんですよ。だから、なかなかその魅力から離れられないのかもしれません。
——今、茂さんがおっしゃられたロックの流れの中でも、おそらくいくつかの分岐点があるんでしょうね。それは69年のウッドストック・フェスティヴァルかもしれないし、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』がリリースされた76年かもしれない。
鈴木
僕にとってもウッドストックは、分岐点でしたね。始まりというより、60年代にパーッと盛り上がってきたロックが終わっていく感じがしました。ウッドストックの中ではジミ・ヘンドリックスの演奏が頂点だったと思いますが、それ以降は白人のロックというより、さっきいったR&B、黒人音楽の力がだんだん強くなっていったんじゃないでしょうか。
——70年代から80年代にかけて、ロックはさらに多様化していくわけですが、一方で時代の流れとともに淘汰されていく音楽も増えていくわけです。
鈴木
結局、ビートルズがつくった財産があまりに大きすぎて、その後ロックを進化させようとしたミュージシャンの立場からすると、そこからなかなか抜け出せないんだと思う。ビートルズの後を追いかけても、あれ以上の存在にはなれないし、彼らの音楽を超えるものをつくり得る可能性は少ないでしょう。だからビートを変えてみたり、色々なジャンルの音楽を融合させたりするんだろうね。でも、サウンド的には進化していても、時代を乗り越えられる音楽になるかどうかは分からないですから。
 例えばデパートのBGM用で使われるインストの音楽ってあるじゃないですか。ああいった面白みのないアレンジをされたとしても、ビートルズのメロディはやっぱりいいんですよ。シンプルな形でも魅力的なものが、やっぱり一番強いんだと思います。
——確かにそうですね。
鈴木
ビートルズ以前の音楽も、同じだったんじゃないかな。音楽って進化していくと、どんどん音を積み重ねたくなるんですよ。でも、重ねれば重ねるほど、音そのものの強さが失われるような気がして。例えばクロード・ソーンヒルというジャズ・ピアニストであり、ビッグ・バンドのアレンジをするミュージシャンがいたんですが、本当に美しいオーケストレーションをする人で、日曜日のランチの時に流れていると一番心地がいいんじゃないかという、洗練の極致みたいな音楽をつくるんです。でも、だからといって今の時代に普通に聴かれる音楽かといえば、ちょっと難しい。もっと無骨でシンプルなチャック・ベリーのロックンロールほうが、うまく時代を乗り越えたと思うんです。
——同じことがPEEPという場に集まっていたミュージシャンの方々にも、当てはまるんじゃないでしょうか。皆さんその後、様々なタイプの音楽を手がけてこられましたが、現在もティンパン、つまり茂さんのギター、細野さんのベース、林さんのドラムというシンプルな編成の演奏でも充分若いリスナーを魅了できるわけですから。
鈴木
まあ、調子が悪い時もあるんだけどね(笑)。でも、昔からの付き合いのミュージシャンだと音で会話できることは確かなんです。細野さんや林だけではなく、幸宏にしても小原にしても、たまたま僕と同世代のミュージシャンに、お互いの演奏に反応し合いながら音楽をつくれる人達が多かった。これは本当に幸せな偶然だと思います。

鈴木茂ディスコグラフィー ≫